インターネットが無い頃、自分は今と同じで(もっとか?)、自分の部屋に居るのが大好きだった。自分の部屋にいて、漫画・本・CD ・ゲームなど等に埋もれつつ、生活して、それだけがあれば満足だった。
お金はそんなにある訳無いので、その道の人々と比べてそれ程大量に所持していた訳でもない(まあでも同年代では多い方だったけど)ので、大半が読み終わったり、聞き終わったり、やり終わった物たちだらけだった。
それでも、大体常にどれかに向かっていて、二度三度四度…繰り返しつつ反芻して、時々全部飽きてねっころがって、よりよい作品についてぼんやり考えたり、そこから外れて色んな考え事をして過ごした。
考え事するのが楽しくて、結局の所、自分は何かテーマがあって、それを考える事が出来れば生きていけるんだなと思った。それ位なので、何か考え事をしている時間というのは、一日の中でかなりの量だったと思う。
もし、そのままインターネットが無かったら、自分はそうして一生過ごしたんだろうか。よく解らないけど、多分今とは違う時間の過ごし方をしたんだろうなと思う。今はもう、他人事のようないい加減な想像しか出来ない程度に、想像出来ない。
所詮創る事をしないヲチャーなんぞどんな過ごし方でも構わんわと、我ながら思わないでもないけど、そうした時間で得た物は、未だに自分の中でそれなりの領土を持っていたりする。人一人としては重要な問題だ。
もし、最初からインターネットがあったら、と言う自分を想像することが出来ない。
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家族が mixi にい沢山いる。元職場の人も何人かいる。自分より先に脱出した人達も居る。日記をにブラリと見に行って、コメントもそう頻繁につけないけど、ああ生きてる生きてると眺めて、言ってる事を聞いてふむふむとかそう言う感じで過ごしている。
電話や手紙だけの時代なら、多分皆疎遠になる所。携帯メールでも多分、多少マシだけど似たようなもんだろうか。自分の中では「コレがあれば”疎遠”にはならないなと言う感じがある。(mixiって言うプラットフォームは不満だけど)
#て言うかこの辺はまえにもハイクで書いたけど。
こうまで行かなくても、学生時代の友達とクローズドサイトの掲示板なりチャットなりで繋がっている人達も多いだろう。
ネットを通じて仕事にあり付いた話や、出会いがあった話も枚挙に暇が無い。身近でも、ちょいちょい界隈の off に出てたり、mixi 繋がりだった人にイベント会場でリアル対面してたり、仕事の話が来たりしてる例は出始めてる。
梅田望夫氏の言う高速道路の話もある。コレだけの情報のカタマリを放っておく手は無い。放って置けない。
そういえば、皆携帯電話でモバイルコンピューターも使ってる。メールとオモチャみたいな i-mode 公式サイトだったのが、だんだんブラウザ上で使えるサービスも増えてる。フルブラウザも出来た。無線 LAN スポットも増えつづけてる。イーモバイルもある。W-Zero3 や iPhone みたいのも出てきた。
無かった時代に戻る事はもう出来ない。そう言う意味では確かに時代は変わったんだなと思う。
安直なライフハックネタのように、例えば「一日一時間、思索・創作の時間を作りましょう」と言って解決出来るような問題には思えないレベルでインターネットに食いつかれてるなあと思う。
どう言うスタイルで付き合えば理想かは、まだわかんない。そろそろ、無かった時代からの飢えは解消されて、そんな事を考え始める事が出来そうな気はする(結論が出るかは別として)。(自分的な話)



オヒサ^^
レベルは全然違うけど俺なりにそんな事を考えていたところ。
超アナログ昭和人間の私のストレスは極限に近いのでそろそろ呑もうよ^^
コメント by スーパーちゃこりん — 2008/8/18 月曜日 @ 23:18:42
0 か 1 しか無いって言う感覚が、最近ようやく無くなって来た感じだよ。
そう言えば前回から結構経つね。そろそろそうだね。
コメント by staki — 2008/8/19 火曜日 @ 1:46:40